パチンコという文化
名古屋には戦前からパチンコメーカーとしての歴史がありました。
それに、中島飛行機をはじめとする飛行機会社や軍需工場が名古屋の周辺には集中していました。
武器や兵器、さらに生産機械の部品としてのボール・ベアリングの球がたくさんのこっていましたし、また中部山岳地帯を背負った濃尾平野には木材も潤沢でした。
・・・こうした事情が「パチンコ文化私観」というエッセイでつぎのように述べられています。
「第一に、・・・幕藩時代からの製材業が大きくモノをいっている。
いうまでもなく、木曾節でお馴染みの木曾谷の森林資源である。
この森林資源は、尾張に製材業の発達をうながしたが、それは、明治末年に浅野吉次郎氏という人物の登場をまってひとつの転換期をむかえる」。